2026/05/09
好きな言葉・美しい言葉たち

皆さまこんにちは。
株式会社テクノホームの金内 俊一郎です。
皆さんには好きな言葉ってありますか?
意外にこう聞かれて「ん~何だろう?」とパッと出てこないものではないですか?
だけどこの「好きな言葉」を自分の人生の伴侶にすると、思い悩んだ時や決心に苦しむときに
自分を助けてくれたりします。それは、「自分の人生の指針」になり考えにぶれが生じにくくなるためです。
また「好きな言葉」を考えることは、自分と向き合うという事です。自分自身が日ごろ何を考えているのか、
何を大切にしているのか、人生を通して何を成し遂げたいと思っているのか、深く考えることができます。
そのプロセスを通して、「本当の自分」に気づくことができるかもしれません。
だから私は「好きな言葉」を皆さん一人一人が持つべきだと思っています。
私が好きな言葉は、「無常無我」という言葉です。
これは仏教の「諸行無常」と「諸行無我」という言葉をつなげた言葉です。
諸行無常とは「すべてのもの(私以外)は常に変化し続け、同じ状態に留まらないこと」
諸行無我とは「私自身も常に変化し続けること」
それらを組み合わせて「無常無我」と私は一語にしています。
なぜその言葉が好きなのかというと、仏教の教えにもある通り「人の悩みは変化し続けるものに対して
執着することで生まれる」という事を分かりやすく教えてくれるからです。
例えば、言わずもがな人は年を重ねるごとに、皺が増えたり白髪が増えたりと見た目も変化します。
年齢を重ねるごとに見た目が変化することは誰にも止められない事ですが、「若かりし頃の自分」に
執着していると、止めようのない出来事に悩み苦しんでしまいます。
これは仕事でも対人関係でも同様です。
起こってしまった仕事でのミスは変えようのない事実です。その事実をなかったことにしようとする執着は、
ミスの隠蔽につながり事態を更に悪化させます。
波長の合わない人間との対人関係に執着していると、自身の精神的なバランスを崩します。
デイトレをする私にとっては、自身の持ったポジションに執着していると損切りできない⇒損失の拡大という
致命的な過ちにつながるなど、全ての執着は物事を悪化させる事につながることが多いと思います。
長くなりましたが、「無常無我」という言葉は「自身を苦しみから解放してくれる言葉」だから好きなんです。
「私は年齢を重ねるごとに見た目は変わっていくけれど、それは深みが増したってことなんだ」
「私は仕事でミスをしたけれど、その事実に向き合って次は絶対同じ過ちを犯さない」
「私は波長の合う人とコミュニケーションを取って楽しむ」
このように考えると、思考の着地点が「ポジティブなもの」になることに気づかされます。
悩むと考えこんでしまいがちな私ですが、この「無常無我」という言葉を思い出すだけで
「このことにいつまでも執着しないぞ!だってその事実は変えようのない事実なんだから!」
と区切りをつけて次に向かうことができるのです。
皆さんもぜひ、「好きな言葉」という事を考えてみてくださいね。
と、ここまでが「好きな言葉」についてですが次は「美しい言葉」についてです。
ここで私は特定の美しい言葉について記述したいわけではないのですが、最近こんな事を思ったんです。
~私が会いたい、話したいと思う人たちは言葉が美しい~
ここからは私の完全に主観的なお話。
私は無駄が大嫌いな合理化人間です。
例えば自分の服を買いに行くときには、事前に買う物を全て決めて出発します。
そして買う物以外には脇目もふらずに目的の服を手に取り、会計に進みます。
ものの数分で店を後にし次の目的に移行します。
これは「人生の余白が無い状態」ですから善し悪しはありますが、性格的なものですので仕方ありません。
この合理化人間は、対人関係においても合理的に考えてしまいます。
寂しいやつですが、私は会社勤めの際にも基本的には祝勝会や祭典後の懇親会等に参加したことがありませんでした。
また、会う友人も非常に限られておりその頻度もそう多くはありません。
それくらい全てにおいて無駄な時間を排除しがちな思考の偏りを持つ私ですが、
そんな私でも何度でも会いたいと思うかなり少数な人たちがいます。
その人たちの事を考えた時に私の頭に出てきた言葉が「美しい言葉」。
私が会って話を聞きたいと思う人たちはみな、発する言葉が美しいなと気づいたのです。
著名な方で言えば、私は与沢 翼さんや東出 昌大さんを思い浮かべます。お二方とも、世に強烈なインパクトを残した一方、
一般的にはあまり良い印象を持たれていない方々だと認識しています。
しかし、私はお二方から放たれる「話し方」「表現力」がとても美しいと感じ、その意味でとても好印象を持っています。
分かりやすく言うと、「言葉に棘が無い」「言葉から毒々しさを感じない」どこか牧歌的な雰囲気を感じたり、
「表現力が豊かで引き込まれる話し方」聞き手側の私が聞いていてメロディアスな印象を持ったりという事です。
言葉は思考そのものであり、思考はその人の人間性そのものです。
私が好きな人たちは美しい言葉を持つ、美しい人間性を持つ人たちなんだという事に気づかされたんだという事。
そのことに気づくと、—私自身も「美しい言葉」を奏でていけるようなりたい。美しい人間性を磨いていきたい―という
重要な事を知ることになるのです。
多くを考えさせてくれる、気づかせてくれる私の好きな人たちは「知の共有」ができる人。
そんな人たちを私は心から尊敬し、感謝しています。
私も日々、美しい言葉と向き合い自然と実践できるように頑張りたいですね。
そんな話でした。























